自分の教室の前で立ち止まる。朝の教室は今日も騒がしい。

 いつもどおりの朝。だけどそれがあたりまえじゃないってことに、気づいている子はどのくらいいるんだろう。
 奇跡のような偶然が重なりあって、この平和な毎日は作られているんだ。

 わたしはひとり、大きく深呼吸してから、教室に踏み込む。

「おはよー!」

 女の子の輪のなかに飛び込むと、振り向いたみんなが笑顔で答えてくれる。

「おはよ! 夏瑚!」
「今日も遅刻ギリギリ」
「でも間に合ったっしょ?」

 わたしがにかっと笑うと、みんながあははっと笑った。

 チャイムが鳴って、担任の先生がやってきた。
 みんながガタガタと音を立て、席につく。
 先生はプリントをひらひらさせながら、大きな声で言う。

「えー、今日は期末の範囲表を配るぞー」
「うわ、もうテストかよー」
「はえー」
「でも終われば夏休みだよー」

 先生と生徒のなにげない会話。

「夏瑚ー、どうしよ。わたしテストヤバいよぉ」
「それ、わたしに言う? わたしこそ、激ヤバなんですけど」

 友だちとのおしゃべり。
 わたしはプリントを後ろの席に回しながら、窓の外を見る。

 青い青い空。真夏みたいな太陽。蒸し暑い風。
 目を閉じて、広い競技場を思い浮かべる。

 まっすぐ続く白いライン。100メートル先のゴール。
 わたしは走る。思いっきり走る。

 足はうまく動かないけど。途中で立ち止まってしまうかもしれないけど。
 それでも、どんなにカッコ悪くても、わたしはゴールを目指して走るんだ。

 目を開き、もう一度空を見上げる。
 碧人も教室から、この空を見ているのかな。
 いま、なにを考えているのかな。

 わたしは机の上に転がったシャーペンを、ぎゅっと握りしめた。

 できることを、少しずつ。
 とりあえずわたしは、期末テストを全力でがんばるって決めた。