「なかに……入ってみようか?」
「えっ」
「ちょっとだけだよ。誰も見てないし」

 碧人が傘を地面に置き、低いフェンスを乗り越える。
 わたしは小さくため息をついた。

「勝手に入ったら、いけないんだからね!」

 そう言いながら、わたしも碧人に続いてフェンスを越えた。

 たしかにまわりには誰もいなかったけど、空にいる神様だけには見られているような気がして、心のなかでつぶやく。
 ごめんなさい。今日だけ許してください。明日からもう、悪いことはしませんから。

 目の前に雨に濡れたトラックが見える。碧人はその場に突っ立ったまま、それを見ている。
 わたしも碧人のとなりに並んだ。空がゆっくりと晴れていく。

「あの日……」

 碧人がぽつりとつぶやく。

「おれ、決めてたことがあったんだ」
「決めてたこと?」

 となりに立つ碧人を見上げる。碧人はまっすぐトラックを見つめている。

「競技会が終わったら、部活も引退になるはずだったろ? だからその前に、どうしても伝えたいと思ってて……」

 胸の奥がざわつきはじめる。美冬の笑顔が頭に浮かぶ。

「でもあんなことになっちゃって、おれはみんなからも夏瑚からも逃げて……一生伝えないつもりだった」

 碧人の視線がわたしに動く。大きな瞳がわずかに潤んでいて、わたしの胸がちくっと痛む。

「でもおれは、もう一度夏瑚に会いにいった。夏瑚と一緒にここまでこれた。だからおれ……あの日言えなかったことを、今日伝えようと思う」

 心のなかで、なにかがはじけた。わたしは碧人の言葉を、必死にさえぎる。