「夏瑚……」

 バス停で停車したバスが、再び動きだす。わたしは膝の上で、かすかに震えている手を、ぎゅっと握りしめる。

「無理するなよ」

 碧人の手が、わたしの手に触れた。

「震えてるじゃん」

 そう言って碧人が、わたしの手を包み込む。

「だ、大丈夫だよ。今度こそ行ける気がするんだ」

 碧人がじっとわたしを見ている。

「ね、ふたりで行こう。あの夏の続きをしに。こんなダメダメなわたしたちだけどさ、ちょっとくらいはがんばってるんだってとこ、みんなに見せてあげたいんだよね」
「夏瑚……」

 つぶやいた碧人が、ふっと顔をそむける。

「おまえって……ほんとバカ」
「は? なにそれ。わたしこれでも必死に考えて……」

 すると碧人が、ぷはっと噴きだすように笑った。

「もういいよ」
「え?」
「おれもぐちゃぐちゃ考えるのやめる」

 碧人が笑いながら前を見ている。

「みんなの分までがんばろうとか、なんでおれだけ生きてるんだろうとか、おれにはこんなの無理だとか、でも後悔しないように生きなきゃとか、やっぱり夏瑚に会いたいとか……そういうの考えてたら走れなくなって……でももう考えるのやめる」

 わたしは碧人の横顔をぽかんっと見ていた。

「そんなにたくさん……考えてたんだ」
「そりゃあ、考えるよ。おまえだって考えてたんだろ、ずっと」
「うーん……碧人の半分くらいは……」

 えへっと笑ったら、碧人が小さくため息をついた。

「碧人って意外と、ちゃんとしてるよね」
「意外とってなんだよ。おれはいつだってちゃんとしてるよ。おまえももっとちゃんとしろ」
「はぁい」

 返事をしたら、碧人が笑った。そうしたらなんだか嬉しくなって、わたしも笑った。
 碧人に握られたままのわたしの手は、いつの間にか震えがおさまっていた。

 バスが走る。わたしと碧人を乗せて。
 わたしたちはバスのなかで、ずっと手を握りあっていた。