「え?」

 ゆっくりと顔を上げたら、青い空と、金色に輝く雨のしずくが見えた。

「ふふっ、へんなのー」

 晴れているのに、雨が降っているなんて。
 笑っているのに、泣いているみたい。

「へんなのぉ……」

 目の前の歩行者信号が点滅をはじめる。わたしは歩道に立ったまま、空を見上げ、雨を受けている。
 メイクがぐちゃぐちゃになって、髪がぺったんこになっても、わたしは濡れながら笑っていた。

 こんなわたしも、へんな女だ。

 そのとき大きな音が聞こえ、ぶわっと生ぬるい風が吹いた。
 視線を下ろしたわたしの前を、路線バスが通り過ぎていく。
 わたしの前髪があおられ、思わずひゅっと息を吸いこむ。

『行かないで、夏瑚……行かないで』

 脳のなかに響く声。その声がどんどん大きくなって、わたしは頭を抱えてしゃがみこむ。

 胸が苦しい。酸素が足りない。冷や汗が噴きだす。
 はっはっと浅い呼吸を繰り返し、胎児のように体を丸める。

「どうしたの? あなた、大丈夫?」

 立ち止まったひとが声をかけてくれた。
 頭を抱えたまま顔を上げると、心配そうに傘を差しかけてくれている、知らないおばさんの顔が見えた。

 わたしはへらっと笑って、ゆっくりと立ち上がる。

「大丈夫です」
「でも顔色悪いわよ。貧血?」

 顔をしかめているおばさんの前で、もう一度笑顔を見せる。

「うち、すぐそこのマンションなんで、大丈夫です」

 そしておばさんの傘から抜けだし、たったいま歩いてきた道を戻りはじめる。

 スマホの画面は消えていた。わたしは金色の雨のシャワーを浴びながら歩く。
 楽しみにしていたソーダアイスは、買いに行けなかった。