翌朝、殺風景な総合病院の待ち合いに僕はいた。日曜日は時間外診療となるため、裏口側にひっそりとある診療室の前で、名前を呼ばれる時を待つ。

 患者は僕の他に杖を付いたお婆さんと、父親と来ている小学生くらいの男の子しかいない。
 隣のソファーには仕事が休みの母が付き添い、開かない窓の外を眺めている。こうして二人で肩を並べていると、昔を思い出す。

 怪我や病気になると仕方なしにも僕を病院へ連れて行かなくてはならないから、必然的に仕事を抜け出していた。
 幼いながらに嬉しくて、小学一、二年の頃は風邪にかからないか、大きな怪我は出来ないものかと真剣に考えた事もあった。
 それも三年になる頃には、病院に付き添ってくれることはめっきり無くなってしまったのだけど。
 だから、今の状況にとても違和感を感じている。

「これ、靭帯(じんたい)が損傷してるね。二、三週間は固定を続けて。突き指だと思って軽く見てると、指が変形したり動かせなくなることもあるから気を付けて」

 医師から診断を受けて診療室を出る。テーピングを直してもらい、鎮痛剤を処方してもらった。
 ピアノを弾いたことは黙っていた。

「どうして先生に言わなかったの? 怪我してから、ピアノの演奏で指を動かしたでしょう?」

 心臓部がドクンッと大きな音を立てる。ゆめみ祭へ訪れなかった母には知り得ない話だから。

「なんて顔しているの? あなたたちがあまりに必死だったから、少しだけ抜けたのです。梵のピアノ、久しぶりに聴いたわ。ああして二人で演奏する姿、昔を思い出したわ」

 穏やかな母の表情に、小さく笑みが浮かび上がる。