後夜祭が始まる時刻になった。校内から見える外の色は、昼間と比べて薄暗くなっている。
 当てもなく歩いていると、校庭から生徒たちの騒ぎ声が聞こえて来た。用意してあったお菓子やジュースで乾杯しているのだ。こんなところをふらついている人間は僕と苗木くらいだろう。

 静まり返っている音を聞くと、彼も四階にはいないようだ。誰もいない校舎の廊下に入り込む夕焼けは、胸を切なく締め付けるようなオレンジをしていた。

 屋上の壊れかけたノブを右、右、左、上に回してゆっくりと押し開ける。まさかと思いながら足を進めると、塔屋の死角で腰を下ろした状態の綺原さんを見つけた。
 いつものクールな雰囲気とは違う、(うれ)いを帯びた表情を浮かべている。

「こんなところで何してるの? 苗木が心配して、ずっと探してた。早くみんなのところに戻ろう」

 呼びかけに応えるつもりはないらしく、ただ向こうに広がる空を見つめている。

「何かあったの? そういえば、演奏の時に居なくなってたって……」

 膝に顔を伏せて、小さく背を丸める彼女が何か呟いている。

「……どうして来たの」

 耳を傾けてみると、震える声で確かにそう聞こえた。

「どうして探しに来たの? 私のことなんて、放っておけばいいじゃない。あなたじゃなくて……苗木だったら良かったのに」
「たまたま僕が見つけられたけど、苗木はずっと……」

 眼差しを見て思わず息を()んだ。夜の闇が訪れようとする時に現れる青の光が、立ち上がる彼女の姿を美しく照らしている。

「出来ることなら、私が弾きたかった。さっきの曲、夢境(むきょう)の続きは、私にだって弾けるのよ」

 知らなかった。いつも付き合ってくれていたけど、そんな話を聞いたことは一度もなかったから。