突然、ピアノから音色が飛び出してくる。隣を見ると、いつの間にか日南先生が立っていた。

「私が君の右手になるわ。続けて?」
「でも先生、曲弾いたことないって……」
「大丈夫よ。だって、あの時も一緒に弾いたでしょ? だから信じて」

 不思議だった。僕の左手で奏でる音色を柔らかなベールで包むように、彼女が重ねる音には一体感があった。僕たちの音以外は何も聞こえなくて、呼吸する息継ぎさえもひとつに感じる。
 最後の指を鍵盤から離すと、拍手が沸き起こった。無事にゆめみ祭のフィナーレを締めくくることが出来た。客席に一礼して、ステージを後にする。

 氷水を持った養護の先生が駆けつけて来て、「素晴らしかったよ」と、背中をポンと叩いた。
 裏方を担当する後輩や同級生の表情にも、安堵と興奮の色が見える。

「直江先輩と菫先生の息がピッタリ過ぎて、感動しちゃいました!」
「指怪我してんのに、最後までやり遂げた生徒会長カッコ良かった」

 続々と寄せられる言葉に思わず感極まる。両親に聴いてもらう目的は達成出来なかったけど、人から伝わる喜びがこれほどまでに心に染みるものなのだと初めて知れた。

「日南先生のおかげだよ。僕一人では、無理だった」
「信じる力って、時には物凄い威力を発揮するのよ。将来どうしたいのか、直江くんなりに見えてきた?」
「もう一度、ちゃんと話してみようと思います」

 向日葵のような笑顔で(うなず)く先生。いるはずのない蓬が、そこにいるように見えた。