五分もしないうちに養護の先生が駆けつけた。患部を氷水で冷やし、副子を当ててテーピング固定をする。
 気分的なことが大きいだろうが、心なしか痛みが和らいだ気がした。

「今は安静にした方がいい。ピアノ演奏は諦めなさい」

 先生は険しい顔をしていた。それでも、僕は引き下がろうとしなかった。小指を使わなくても、なんとか弾くことは出来る。最後まで可能性を捨てたくない。

 午後三時四十五分。吹奏楽部によるライブが終了し、司会者がフィナーレのアナウンスを始める。冷めやらない熱気のなか僕がステージへ上がると、客席は一斉に静まり返った。
 まるでバラード曲を待ちわびるような視線に、緊張と心臓音が高まる。

「……っ」

 鍵盤に指を置いた瞬間、激痛が走った。指を開こうとする動作が、より痛みを広げている。そんなことは承知の上だ。
 シャラシャラと水の流れるような音が指先から鳴り始める。演奏曲は比較的緩やかな曲だ。上手くいけば、このまま弾き切ることが……。

 右手薬指がピクッと固まって動かなくなる。小指をかばうことによって、必要以上の負荷が掛かったか。
 くそっ……もう少し踏ん張れ……。

 痛みを堪えながら、練習した日々が脳裏に過ぎる。必ず成功させると誓ったんだ。諦めるわけにはいかない。