六月十三日の土曜日。雲ひとつない晴天の下で、ゆめみ祭の本祭が開催された。在校生の家族を始めとし、他校生、卒業生に町内の人々が毎年顔を出している。

 各クラスが模擬店やイベントコーナーを設けており、それと並行して部活動も出し物をする。弓道部は道着を着用して、実際に弓を触ってもらったり、メッセージを書くための(まと)を販売することになっている。

 仮装大会が影響してなのか、クラスや弓道部が出す店は、「着物美人の子だ」とか「明治時代のお兄さん」なんて呼び名を付けられたりして、ひときわ人で賑わっていた。
 当番を終えて木陰で一息着こうと腰を下ろすと、人影が僕の前に現れる。

「お疲れさま」

 ジュースを差し出す日南先生を、下から見上げた。
 青空を背にしている笑顔が綺麗だ。いつか見た蓬の姿と重なって、胸の奥が騒つく。そんな妄想を繰り広げていると、彼女は何の迷いもないように隣へ座った。
 すぐ近くで生徒たちの楽しげな笑い声が聞こえている。

「あの、さすがに二人きりでいると……変な噂を立てられるんじゃ」
「変な噂って、例えば?」

 首を(かし)げる角度とうなじにかかる(おく)れ毛が、妙に大人を意識させる。

「みんな好きだから。有りもしないこと……噂したり。そしたら、先生が迷惑するんじゃない?」
「しないわ。だって、やましいことなんて何もないでしょ?」

 僕と彼女の間には見えない境界線がある。それは、日南先生が蓬であると知ってから出来たものだ。
 言葉を交わすことは以前より増えたはずなのに、肝心な心の部分は一歩下がってしまった気がする。教師と生徒の距離を誠実に保とうとしているように感じている。

「蓬と思ったら、ダメ……ですよね」
「あの人と終わった時に、その名前は封印したの。今思うと、現実逃避するための〝自分〟だったのかな」

 膝を抱えて苦笑する彼女の髪を、ふわりと吹く風が揺らしている。
 ああ、そうか。もう蓬はいないんだ。