消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

「なんだと?」
「誰が……非常識なんだ。僕のために、お願いに来てくれた二人に、謝ってよ!」

 父に対して声を荒ぶらせたのは、初めてだった。
 反抗すらしたことのなかった息子が、感情を露わにして歯向かった。その事実だけが、父の内側に刻み込まれたのだろう。
 幻覚でも見たような目をしてから、静かに瞼を閉じて厳格な表情を取り戻す。

「それが親に対する態度か。よく頭を冷やして考えるんだな」

 気付いたら、二人の腕を掴んで歯科医院を出ていた。
 建物が見えなくなった角の先で、もつれそうな足が止まる。ごめんとだけつぶやく僕の隣で、苗木が肩をポンとした。

「私の方こそ、ごめんなさい。良かれと思ってしたのだけど、裏目に出てしまったわ」

 綺原さんの声色も、少し曇っている。
 許せなかった。何も知らないくせして、一方的に否定する父と、ただ突っ立っているだけで何も出来なかった自分自身に腹が立った。
 力の入った背中がパシンと叩かれ、張り詰めていた気がふっと解ける。

「直江も綺原も気にすんなって。まあ、あれだ。生きてりゃこうゆうこともあるさ」

 あっけらかんとして、苗木がははっと笑う。まるで人ごとのようだ。さっき自分が全否定されたというのに、関係ないみたいな態度。
 僕はそんな前向きには、なれない。自然と頭が俯いていく。

「たしかに苗木の言う通りね。起きてしまったことは変えられない。これからどうするべきか、よね」

 地面に向いていた顔を上げると、二人の笑顔が飛び込んで来た。ぱらつき出した雨に紛れて、唇をぐっと噛み締める。
 この二人と友達になれて、僕は幸せ者だ。