消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 ゆめみ祭を一週間後に控えた土曜の夜。久しぶりに家族三人が揃って食事をした。
 父は主に診療のある平日は、午後十時近くまで歯科に残ってカルテのチェックや模型と睨み合っている。
 休診の木曜日は様々な講習会へ行き、日曜日は往診をしてまた勉強。

「医療は日々進化する。そのための努力は惜しまない」が父の昔からの口癖だった。最新の技術をなるべく早く取り入れたいと言って、新しい材料や機材を導入することも多いらしい。

 そんな仕事人間の父が、今日は家にいる。神様が与えてくれたチャンスだと思った。
 箸を置いたタイミングを見計(みはか)らい、咳払いをする。

「あのさ、来週の土曜日にゆめみ祭があるんだけど、今年は来れそうかな」
「無理だ。土曜は診療があるだろう」
「じゃあ、母さんだけでも……」
「その日は、午後から埋伏智歯(まいふくちし)のオペが入っています。最近スタッフの子が辞めてしまったから、人手が足りなくて困ってるのよ」

 その後に続く言葉は、だから行けない。そんなことはハナから分かっている。
 ゆめみ祭へ遊びに来て欲しいわけじゃない。もう一度、昔みたいに演奏を聴いて欲しい。そうしたら、僕の覚悟を分かってもらえると思った。
 テーブルの下で拳を握りながら、席を立つ父に口を向ける。

「実はピアノを……」
「あのピアノルーム、もういらんだろう。明日、ピアノは知り合いへ引き渡すことになった」

 僕の話など初めから聞くつもりがないと言うように、上から被せられた言葉。

「あなた、そんなことは一言も……」
「いちいちお前の許可がいるのか? 梵、もういい加減勉強に集中しなさい。なんでも中途半端に身に付けても意味がない。ピアノからは充分に集中力を得られた。もう必要ない」