消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 翌日、誰もいなくなった校門の前で、僕は制服のまま立ち尽くしていた。辺りは闇に包まれて、街灯の明かりがぼんやり浮かんでいる。
 ほんとにやるのか。
 門扉に手を伸ばしたとき、背後から肩を叩かれた。少し体が跳ね上がるのを、となりに並んだ綺原さんがくすくすと見ている。

「……おどかさないでよ」

 心底ほっとした顔でもしていたのか、さらに声を潜めて笑いを堪えている。
 いつも冷静沈着なイメージだから、こんなに楽しそうにする彼女が新鮮だった。
 夜風が通り過ぎて、涼しげな空気が体をまとう。

「で、どうして綺原さんまで?」
「あら、提案したのは私よ? 来ない理由なんてないでしょ」

 ──夜の音楽室へ忍び込む。
 最初は大胆で浅はかなアイデアだと思ったけど、練習する場がないのならチャンスを作るしかない。

 豪快に門扉へ足を掛けて、綺原さんがよっとよじ登る。揺れる短めのスカートから視線を外して、僕も慌てて上半身を投げ出した。
 すたっと門の向こう側へ着地して、真っ暗な校舎の前へ立つ。より不安が濃くなった。
 これは、不法侵入とやらにならないのだろうか。

「こういうの、一度やってみたかったのよね」
「なんか面白がってない?」
「あら、心配して来てあげたのに。余計なお世話だったかしら?」
「……いや、心強いです」

 正面玄関の鍵が掛けられていることを確認して、裏へ回る。家庭科室の窓をカタカタと動かしながらスライドさせると、開いた。
 どうやら壊れた鍵が、そのまま放置されているらしい。
 窓から入るなんて、家でもしたことがない。ましてや学校に忍び込むなど、今のご時世警察沙汰にならないか不安しかない。

 夜の校舎は、深夜の病院より静かだ。自分たちの足音だけが空間に響いて、まるでホラー映画の中に入ってしまったような感覚になる。