消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

「それで、ここからが本題。ゆめみ祭でピアノを弾くことになったって聞いたけど、どうするつもり?」

 彼女が言っているのは、おそらく練習場所。自宅のピアノルームが閉鎖されていることを話していたから、その心配をしているのだ。
 施錠した鍵は父が持っていて、今は立ち入ることすら出来なくなっている。

「それは……まだ」
「音楽室を借りたらいいんじゃないかしら」
「でも吹奏楽部が使うし」
「ええ、だから」

 すっと上半身が近付いたと思ったら、僕の耳元で手を添える綺原さんがささやく。

「えっ、それは、さすがに……」

 人目を避けて家を尋ねた意味が全くない距離感。それに上乗せするような言葉。

「あら、梵くん。まさか怖くて出来ないの?」

 いくじなしとでも言いたげに、綺原さんはくすくすと笑った。

 君は優等生だね。幼い頃から、その言葉を浴び続けて来た。
 少しでもテストの点数が下がると、「こんな問題も解けないのか。情けない」と父にノートを投げ捨てられる。

『直江くんはクラスのお手本なんだから。出来ないなんて、言わないよね?』

 弱音を吐くことすら、許されなかった。みんな僕に期待しすぎだ。それほど有能な人間じゃない。

「いや……、できないことないけど」

 それなのに、気付くと反論している自分がいる。否定されると、やらなければという潜在意識が発動してしまうらしい。

「じゃあ、明日から練習しましょう」

 涼しい顔でアイスティーを飲む彼女を見て、ハッとする。まんまと挑発に乗せられてしまった。