消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

「その選択に後悔しないなら、私は何も言わないわ。あなたの目標を応援したい。でも、もし少しでも迷う気持ちがあるなら……」

 彼女の言葉へ被せるように、綺原さんの台詞が僕の弱い心を惑わせる。

『何かを諦めたようだった。あなたにとって幸せな未来なのか……表情を見てたら分かるわ』

 どうして今、思い出してしまったのか。自分の気持ちは無いものだと、見ないようにしてきたのに。

「……ピアノの先生が、小学生の時になりたいと思った夢だった」

 自分の中に秘めていた気持ちをさらけ出したのは、初めてだった。
 将来なんて、親の引いたレールを歩くだけのつまらないもの。昔から、そう思ってずっと生きてきたから。

 厳格な父の顔色を見て育ち、母が必要と決めた習い事をこなす。テストの点数が一点でも落ちると怒られるから、必死に勉強して。僕の意見を求められる場面なんて、一度もなかった。
 何のために頑張っているのか分からなくなって、時々空を飛んでみたいと思うようになった。死にたいわけじゃないけど、生きている意味が見出せなくなったから。

「話してくれて嬉しいな。その気持ち、今も残ってるの?」
「……正直分からないけど、未来を変えられるなら。足掻(あが)いてみてもいいのかもって、思いました」

 少し前の僕では、考えられない発言だ。でも、何年か先の未来で笑っている自分が、少しだけ想像出来る気がした。