◇◇
夢の世界が崩壊して十日が過ぎた。あの光景を最期に、蓬が夢に出てくることはなくなった。
空を飛んだ僕たちは、あれからどうなったのか。一体、あの夢はなんだったのだろう。
窓の外を眺めている授業中に、時々意味もなく考えている。
ホームルームで教壇に立つ日南先生へ目を向ける。アイコンタクトを取るとか、逢い引きの誘いがあるわけもなく、彼女との関係が特別に変わることはなかった。
「それと直江くん。この後、残ってくれる? 話したいことがあります」
ただ前より少しだけ、距離は縮まったように感じる。
放課後、進路指導室に呼ばれた僕は日南先生の顔をじっと見ていた。ゆるりと長い茶髪に、幅の広いぱっちりとした目。スッとした鼻筋と、ほどよい厚さの唇。蓬が大人になった姿だと頭では理解しているけど、未だに慣れない。
目の前に進路調査の紙を出されて、以前の光景が蘇った。
四乃森歯科大学という文字は変わらないのに、あの時感じた違和感の正体を、今なら胸に染みるほど納得出来る。
「歯科医師になるのが、幼い頃からの目標だったのね」
「もう、小学生の頃からずっと……ですね」
「直江くんが継いでくれるから、きっと、親御さんも喜んでくれてるのね」
「そうなるべくして生きてきたから、当然だと……思っているかと」
「……そう、えらいわね」
この歯切れの悪い会話、よく覚えている。何か聞きたいことがあるのに、聞けないもどかしさが溢れている空気。
『何をしている時が一番楽しいの?』
あの時、日南先生が本当に確認したかったこと。それはおそらく。
「……ピアノ、まだ弾いてる?」
優しく微笑む彼女は、夢で会った少女と同じ瞳をしていた。小さく頷く僕に続けて。
「何度か、一緒に弾いたよね」
「僕の家に海の砂浜。あとは、屋上……だったかな」
「……本当に見たんだね、夢」
「全部覚えてる。その時の感情とか感覚も、全て」
夢の世界が崩壊して十日が過ぎた。あの光景を最期に、蓬が夢に出てくることはなくなった。
空を飛んだ僕たちは、あれからどうなったのか。一体、あの夢はなんだったのだろう。
窓の外を眺めている授業中に、時々意味もなく考えている。
ホームルームで教壇に立つ日南先生へ目を向ける。アイコンタクトを取るとか、逢い引きの誘いがあるわけもなく、彼女との関係が特別に変わることはなかった。
「それと直江くん。この後、残ってくれる? 話したいことがあります」
ただ前より少しだけ、距離は縮まったように感じる。
放課後、進路指導室に呼ばれた僕は日南先生の顔をじっと見ていた。ゆるりと長い茶髪に、幅の広いぱっちりとした目。スッとした鼻筋と、ほどよい厚さの唇。蓬が大人になった姿だと頭では理解しているけど、未だに慣れない。
目の前に進路調査の紙を出されて、以前の光景が蘇った。
四乃森歯科大学という文字は変わらないのに、あの時感じた違和感の正体を、今なら胸に染みるほど納得出来る。
「歯科医師になるのが、幼い頃からの目標だったのね」
「もう、小学生の頃からずっと……ですね」
「直江くんが継いでくれるから、きっと、親御さんも喜んでくれてるのね」
「そうなるべくして生きてきたから、当然だと……思っているかと」
「……そう、えらいわね」
この歯切れの悪い会話、よく覚えている。何か聞きたいことがあるのに、聞けないもどかしさが溢れている空気。
『何をしている時が一番楽しいの?』
あの時、日南先生が本当に確認したかったこと。それはおそらく。
「……ピアノ、まだ弾いてる?」
優しく微笑む彼女は、夢で会った少女と同じ瞳をしていた。小さく頷く僕に続けて。
「何度か、一緒に弾いたよね」
「僕の家に海の砂浜。あとは、屋上……だったかな」
「……本当に見たんだね、夢」
「全部覚えてる。その時の感情とか感覚も、全て」



