消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 目的のリップを購入して、他の店を見ることなく外へ出た。真夏の昼下がりは日差しが強くて、すぐに(ひたい)やうなじに汗が(にじ)む。

 バス停まで向かう途中の木陰で、ひと息つくように買ってあったアイスティーを飲んだ。木で作った椅子が設置されていて、ご親切に『お座り下さい』とプレートまで貼られている。

 この町は良い人が多いんだろうな。なんて単純に考えていると、前方から小学生くらいの男の子が一人で歩いて来た。肩から下げた黄色と黄緑のトートバッグに似合わない(うつろ)な目をしている。
 だから少し気になって、向かって来る姿を観察していた。綺麗な黒髪と長い睫毛に隠れる瞳は、幼いながらミステリアスな雰囲気を漂わせている。

 伏し目がちに読んでいるのは、試験管の写真が付いた理科の教科書。実験をする皆川先生が頭を過ぎるだけで、今は恐怖だ。忘れてはならないけど、忘れたい過ち。
 幸せそうな奥さんの顔、赤ちゃんの笑い声。それから、優しく微笑みながら甘い言葉をささやく先生。

 ──お前のことなんて、本気で好きなはずがないだろ。かわいそうで、憐れな子だから。一緒にいてやっただけ。

「やめて……もう、やめてよ!」

 思わず声に出ていたと気付いて、ハッと顔を上げる。目の前で足を止めて、不思議そうな目でこちらを見る少年がいた。

「やめてって、僕?」
「ああ、違うの! ごめんね。君は全然関係ない……」

 ふと教科書に書かれている名前に目がいく。全身の神経が集中するみたいに、頭の中で会議をしている。また夢を見ているのか、と。

「直江……梵?」
「……はい?」
「君の名前、直江梵くんなの?」
「えっ、お姉さん誰ですか?」

 不審な顔をして、教科書をトートバッグに入れる少年。明らかに警戒しながら去ろうとする彼の細い腕を、無意識に引き止めていた。