八月二十一日。朝、目を覚まして小さく息を吸って吐く。胸に手を当てて鼓動を刻む音を確認してみる。

 ……まだ、生きている。

 忘れもしないこの数字を、何日も前からカウントダウンしていた。
 八月二十一日は、私の葬儀があったと、梵くんがノートに記していた日付。それが何年後の未来なのかは分からないけど、気にせずにはいられなかった。

 肩下まで伸びた髪をハーフアップして、ノースリーブのワンピースに身をまとう。
 バスに乗って、この辺りで一番人が賑わうNプラザというファッションビルへ向かった。洋服や小物はもちろん、映画館や図書館が完備され、周辺には洒落たカフェが並んでいることから女性の利用客が多い。

 欲しかった限定リップを取り扱っている店舗が、地元ではNプラザしかない。そのために三十分かけてやって来たの。何度か訪れたことはあるけど、一人で来たのは初めてだった。

 エスカレーターに乗って、思わず顔を隠すように背けた。対向側を下がっていく人が、皆川先生と夢で見た奥さんに似ていたから。心臓の震えが止まらない。

 あの人は教師を辞めた。他の生徒とも関係を持っていたらしく、それが明るみになったからだと風の噂で聞いた。
 私のことは公にならなかったから、普通の高校生活を送っていられるのだと、母は口を酸っぱくして言う。

 すれ違ってからこっそり振り返ってみるけど、小さくなっていく横顔は彼ではなくて、少し胸を撫で下ろす自分がいた。この罪悪感から逃れられることは、この先もないのだろう。