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 複雑な感情を(いだ)きながら、私は彼の澄み渡る瞳を見ていた。
 記憶を失っていた旧友に会ったような、あるいはずっと想いを寄せていた人に会えたような。なんとも言えない感情だった。

 高校三年の初夏、私は不思議な体験をした。日々の生き辛さと寝苦しさに悶えていた頃、ある夢をみるようになった。
 夢に現れた少年は、落としたら(もろ)く壊れてしまいそうなガラスのように繊細な印象で。直江梵と名乗った彼は、同じ高校の制服を着ているけど顔も名前も初めて知る人だった。

 夢で会う度に夢ではないような感覚になって、次第に現実と混同(こんどう)していったの。彼と会うことが楽しみになって、夢で会うことが当たり前になっていた。

 半年間続けていた担任教師との不倫に終止符が打てたこと。ゆめみ祭で足踏み状態だった壁画製作が、多くの署名を集めることで乗り越えられたこと。夢を諦めなかったことも、全て彼がいて勇気をくれたおかげ。
 一度壊れたものは、簡単には戻せないことも教えてくれた。

 不思議な夢を見なくなって三ヶ月が過ぎようとしていた。高校生活最後の夏休みだと言うのに、味気ないもので。
 友達とカラオケに行って、家で映画を見ていても、どこか胸の中がぽっかりとくり抜かれた気がしている。

 好きな絵を描いていても、勉強をしていても、ふと思い出すのは彼のこと。ちゃんとしたお礼も言えないままで、線香花火のように消えてしまった夏の夢は、私の幻想になりかけていた。