遠くなっていた感覚が自分の体に戻ってくる。分裂していた何かがひとつになった時、僕は涙を流していることに気付いた。
 手に残った人肌の温もりが、徐々に薄れていくのが分かる。

 夢の終わりを告げるように、強く繋ぎ合っていた手と心は消えてなくなってしまった。何もない手のひらをグッと握りしめては、小さく息を吐く。
 ほんとうに、終わってしまったんだ。

 静かな教室にカチ、カチと時計の音が鳴り響いている。机の上には解き終えたテストのプリントがあって、すぐに試験監督の「終わり!」という合図が出された。
 それを聞いたとたん、僕は何かのネジが取れたように教室を駆け出た。後ろから聞こえた教師の声にもお構いなしで、足は夢中でどこかへ向かっている。
 どうして今まで、気付こうとしなかったのだろう。

 初めて言葉を交わした時も、何気なくしていた日常会話も、意味もなく屋上を訪れていたことだって全て。時間が戻るずっと前から、彼女は見ていてくれていたのに。
 息を切らしながら、屋上のドアを思い切り開ける。まるで待っていたかのように、日南先生がフェンス越しに立っていた。

「直江くん? もうテスト終わっ……」

 話を聞き終える前に、僕は彼女を抱きしめていた。指先や体に伝わる彼女の感触を確かめるみたいに、腕をきつく締め付ける。
 頬を伝う雫が、艶やかな茶髪にぽつんと落ちて弾けた。

「また会えて……良かった」

 彼女が小さく(うなず)いたのに気付いて、見えない顔に笑みがこぼれたように感じた。
 背中に回された手が、カッターシャツをキュッと掴む。その仕草で飛んでいた理性が引きずり戻されたのか、抱きしめている体を慌てて離した。

「あの、すみません、つい」
「直江くんに戻っちゃったね」

 動揺ぶりがおかしかったのか、日南先生はクスクスと声を上げて笑う。睫毛と頬に、全てを物語る雫を輝かせて。