鉛筆で描いた世界のように、モノクロの町で人が歩いている。絵はどれも綺麗だけれど、どこか寂しそうだ。
 記憶にない場所なのに、懐かしさを感じるのはなぜだろう。
 遠くからピアノの音色が聴こえてくる。
 そうか、胸を締め付けるこの音楽が僕をそうさせるのか。

 スポイトでぽちょんと色水を落としたみたいに、たちまち白黒の世界が色付いて。ピンクとグレーのグラデーションがかった空が目の前に広がった。手を伸ばせば雲を掴めそうなほど近い。

 フェンスのない学校の屋上は、少しだけ違った場所に見える。
 遠くで流れていたメロディが大きくなって、それは僕の動く指先から聴こえていると気付いた。蓬とピアノを弾いている。二人でひとつの音を奏でている。
 暗黒だった空を、彼女自身で解き放すことが出来たんだ。

「信じてくれてありがとう」
「私、これからどうしたらいいの? あの人たちに、謝っても許されないよね」
「奥さんと赤ちゃんは、今すごく幸せな時だよ。知らない方がいいこともある。だから、それは蓬が抱えていかなきゃいけない(つぐな)いだよ」

 顔を覆った蓬の肩を、そっと抱き寄せる。震える体は、僕の胸にそっと寄り添った。

「その後悔を胸に生きるんだ。だから、蓬は強くなれるよ。きっと人の苦しみが分かる人間になれる」

 深く頷く蓬の目には光が宿り、星屑のように輝いて見えた。柔らかな手のひらが、僕の手の甲に温もりを与える。

「夢見てもいいのかな。こんな私でも、なりたい夢があっていいのかな」
「今の蓬なら、きっと叶えられるよ。諦めなければ、体育館の壁画も成功するから」

 美しく完成した壁画を、僕は知っている。彼女たちは、困難に立ち向かって目標を成し遂げたんだ。
 目に雫を溜めた蓬が笑みを浮かべながら、僕の袖を掴み小さな声を落とす。

「私たち、死なないよね?」
「え……?」
「ノート、見えちゃって。梵くんって、ほんとは未来の人なんでしょ?」

 トクン、ドクンと心臓が不揃(ふぞ)いな音を鳴らし始める。彼女が言うノートとは、おそらく僕が頭の整理をするために書いていた時系列だろう。

 でもそこにあるのは、蓬の名前ではなくて……。