消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 そうしているうちに、リビングのドアが開いた。入って来たのは、私服姿の皆川だった。赤ん坊を抱く女性の腰に手を回して、二人で小さな顔を覗き込んでいる。

「ほら、パパ帰って来たわよ〜。良かったねぇ」
「よく飲むなぁ。よし、俺が抱こうか」
「ほんと? じゃあ、ソファーに座って。首座ってないから気を付けて」

 微笑ましいホームドラマを見せられているようだ。良い父親を思わせる幸せそうな笑顔が浮かぶたび、腹の底からひしひしと怒りが込み上がってくる。

 彼女は見ていられないだろう。微動だにしない隣へ目を向けると、蓬の目は見開いたように彼らを凝視(ぎょうし)していた。その表情が怒気(どき)から生まれたものなのか、それとも失望なのか僕には分からなかった。

「……子ども、いないんじゃなかったの? 奥さんのこと……愛想尽(あいそうつ)きたんじゃなかったの?」

 ぶつぶつと呪文のようにつぶやかれた言葉は、楽しそうな笑い声に掻き消されていく。

「どうしよう……私、バカだ。この人たちの笑顔を奪うようなことした。取り返しのつかないこと……しちゃった」

 魔法が解けたようにフッと体が自由になると、蓬は手で口元を覆って足から崩れた。震える彼女の手を包むように、肩を抱きしめる。
 誰も幸せになれないこんな世界は、終わらせた方がいい。