消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 よく見ると、泣いている少女は蓬だ。鳴き散らしたのか艶やかな髪は頬にくっ付き、目元は涙でぐちゃぐちゃ。母親らしき年配の女性が、蓬の腕を掴んで家の中へ引き戻そうとする。

「いい加減にしなさい! お母さんは絶対に許さないからね」
「やだ、離してよ。こんな家出てく!」
「お願いだから目を覚まして。縁を切れないなら、今から学校に乗り込んで……」

 掴まれている蓬の腕をパシッと離して、彼女と母親の間に割り入った。いきなり誰だと言いたげな目で見てくる母親に向かって、ここぞとばかりの優等生面を活用する。

「少しだけ、娘さんお借りします」
「梵くん?!」

 力ない手を引くと、夢中で足を走らせた。母親の声が後ろで小さくなっていく。
 知らない建物や緑の背景を抜けて、僕たちは進み続ける。

「ちょっと、待って、どこ行くの?」
「分からない」
「わ、分からないって……」

 付いてくる蓬の息が荒くなるのに気付き、少しだけ足を緩めた。
 いくつも並ぶ白い建物を抜ける。その先には見たことのない紫と水色の海が広がっていて、砂浜に白いピアノがひとつ佇んでいた。
 ためらいもせず、普通の行動のように僕らはピアノを連弾(れんだん)する。何かに導かれるように。

「おかしな夢……。ほんと、梵くんが出てくると不思議なことばっかり」
「夢ってそんなもんだろう?」

 滑らかな音色を奏でながら、隣でクスクスと笑う。その笑顔につられて、僕の頬も緩む。
 えくぼが消えて、彼女の口角が下がった。

「でも、夢の中で現実が起こってるんだよ? 今までのこと、全て夢だけど全部ほんとうなの」

 唇を噛みしめるような切なげな表情。不安、絶望、それとも後悔なのか。