消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 足は迷いなく化学準備室へ向かう。
 どうしてなのか、皆川がそこにいると分かっていたから。たった今、化学教師だと言う情報も頭に降って来た。その辺りは典型的な夢の仕様と同じらしい。

 勢いよく開けた準備室のドアが、雷の落ちたような音が鳴った。長い脚を組んで座る皆川は、顔をくるりとこちらへ向けて僕を見る。
 驚きもせず、冷静に、まるで来ることを予測していたような態度で。

「生徒会長、そんなに慌ててどうした?」

 動じない落ち着きのある風格が気に入らなかった。

「あなた教師ですよね?」
「ははっ、俺が給食のおばちゃんに見えるか?」
「既婚者ですよね?」
「ああ、結婚して一年になるかなぁ」
「どういうつもりで、蓬に近付いてるんですか?」
「さあ、なんのことかな?」

 とぼけた口調で笑う皆川に、唇を噛み締めて声を張り上げる。

「ふざけるなよ! どれだけ人を傷付けたら気が済むんだ。生徒に手を出すなんて、教師のする事じゃない」

 自分でも驚くほど呼吸は荒ぶっていて、瞳孔が開いているのを感じた。
 思えば生きてきた中で、誰かに怒りをぶつけたことは初めてかもしれない。

「お前に何が分かる。あの子は俺を必要としていて、俺もあの子を求めている。お互いに心の隙間を埋め合っているんだ。部外者のお前が割りいることじゃない」
「さっき美術室で泣いてたんだ。あれは、あんたに対しての涙だ。都合の良いこと言って、あんたは誰も幸せに出来てない」

 僕は信じていた。自分は正しいことをしているのだと。悲しむ彼女のために、正義のヒーローになったつもりだったのかもしれない。
 ただ、蓬の笑顔を摘む皆川が許せなくて、関係を絶たせたかった。その方が蓬にとっても良いことだと思っていたから。