「綺原さんが見てる未来の夢って、僕も出てきたりする?」

 一度、彼女から聞いた覚えがある。まだ互いにタイムリープをしていることを明かす前、部活帰りにファストフード店で夢の話をした時。
 意味深な笑みを浮かべて、はっきりと言葉にした。

「……直江先生。綺原さん、僕のことを〝先生〟って言ったんだ。もしかして、夢の中で未来の僕の姿を見ていたんじゃない?」

 少し驚いたような目をして、綺原さんは微かに口角を上げる。何か考える顔をして、

「もしそうだとしたら、梵くんが死ぬ未来はこの過去では訪れない。そういうこと?」
「僕が知りたいのは、先生と言った理由だよ。そう呼ばれる職種に付いてたって、ことだろう?」

 歯科医師、それともピアノ講師かそれ以外なのか。小さな唇が開きかけるたびに、小さく息を呑む。

「ええ、そうなるわね。でも教えない。私が伝えることによって、あなたの選択肢を左右してしまうかもしれないから」
「でも、それで未来が分かるなら……」

 変えられることもあるかもしれない。
 今、心の中に湧き上がっている迷いが、正しい方向へ向かっているものなのか。僕から目を逸らすと、綺原さんはため息をひとつ落とした。

「何かを諦めたようだったって言ったら、必然と見えてくるでしょ? 心境までは見えないけど、あなたにとって幸せな未来なのか……表情を見てたら分かるわ」

 その後に続く言葉は、否定的なものだろうと解釈(かいしゃく)出来る。
 頭を過ぎったわずかな灯りは消えて、原形をとどめていないろうだけが残された。必死に、芯を崩すまいと粘っている。

 初めから期待などしていなかったはずなのに、この落胆はすさまじい。このまま突き進めば、僕は後悔と苦痛に溺れる毎日を送るのだろうか。

「梵くん、これだけは覚えておいて。私が見た未来全てが真実とは限らない。これからの未来は、今のあなたによって作られる。私の言葉で悩まないで、今のあなたがどうしたいのか。それが大切よ」

 頭では理解しているつもりでも、切り離すことは出来ない。歯科医師の道へ進むのか、ピアノを続ける道を選ぶのか。どちらにしても後悔が残る気がして、僕の幸せが約束されることなんてないに等しいのだ。

 もしかしたら、綺原さんの知る過去の僕は、全てがどうでも良くなって空を飛んだのかもしれない。その未来の方が僕にとっては、一番信憑性(しんぴょうせい)があって理解出来る過去だと思えた。