十日間の大型連休は、どこかへ出掛けることもなく塾の特訓授業で終わりを迎えた。繰り返される毎日は少しずつ変化しているのに、勉強だけは店頭に並ぶ商品のようにどれもが重複(ちょうふく)したものに思えた。

 ピアノと書道を取り上げられて、歯科医師を目指す道だけが残された。時間が巻き戻されたことによって生じた代償なのか。
 鍵で閉ざされたピアノルームが撤去されるのも、時間の問題だろう。

「僕は何を間違えた?」

 どこから人生の歯車が狂いだしたのか。
 産声をあげた瞬間には、もう決まっていたことなのか。

 蓬を拒絶したあの日以来、夢を見なくなった。もう一度会いたいと願っても、電源を消したままの何もない空間を眺めているみたいに、彼女の姿を見ることは出来ない。
 全てが僕の作り上げた幻想なら、いつになれば悪夢から目を覚ませるのだろう。

 薄暗い雲が屋上の空を覆っている。連休中に晴天を使い果たしたのか、今にも雨が降り出しそうな顔だ。
 虹色の雨が降るような気がして、僕はフェンスに腰を下ろしたまま待っている。

 悪魔が(ささや)いているような風、ドアが開かれて近付いてくる靴底の音。期待に満ちた心臓が振り返る先には、綺原さんの姿があった。

「なんだ……綺原さん。こんなところに来るなんて、どうしたの?」

 軽やかなステップを踏むようにコンクリートへ飛び降りる。心と体は、必ずしも一致するとは限らないらしい。