薄い布からそっと顔を出した。勉強机の上には、今朝方まで読んでいた歯科解剖学の参考書が置いたままになっている。
最近、父から譲り受けたものだ。未知の絵と味気ない専門用語がずらりと並べられた紙は、暇つぶしにもならない。毎日、気が遠くなる一方だった。
瞼を塞がれたように閉じてから、どれほど時間が経っただろう。目を覚ました時には、時計の針が午後六時半を過ぎていた。
夢を見なかった。消えてしまえばいいと言ったからなのか、もしくは今が夢の中なのか。
リビングの方から物音が聞こえる。母が帰って来たのだろうか。
自分の家なのに忍足で階段を降りていく僕は、きっと馬鹿げている。
薄暗い部屋の明かりを付けた。ほんのりと香る白米の匂い。テーブルには、小さな土鍋に入った卵粥と漬物が『良かったら食べて寝て下さい 』という置き手紙と共に添えられていた。
ハッとして足早に玄関へ向かうと、そこにはパンプスを履き終えた日南先生の背中があった。
「もしかして、起こしちゃた? 今お粥……」
気付くと、振り返ろうとする彼女を後ろから抱き締めていた。
細くて長い指が僕の腕をキュッと掴む。小刻みに震えているのは彼女なのか、それとも僕の方か。
「あの、直江くん? カノジョか、誰かと間違えてない? 私、君の担任の……」
「もう少しだけ……ここにいてくれませんか?」
「えっと、まず、この手を……」
するりと腕を振り解くことだって出来るはずなのに、そうしないのは日南先生の優しさなのだろう。
シャンプーなのか花のような香りが鼻孔をくすぐり、落ち着かない心臓をさらに速める。
最近、父から譲り受けたものだ。未知の絵と味気ない専門用語がずらりと並べられた紙は、暇つぶしにもならない。毎日、気が遠くなる一方だった。
瞼を塞がれたように閉じてから、どれほど時間が経っただろう。目を覚ました時には、時計の針が午後六時半を過ぎていた。
夢を見なかった。消えてしまえばいいと言ったからなのか、もしくは今が夢の中なのか。
リビングの方から物音が聞こえる。母が帰って来たのだろうか。
自分の家なのに忍足で階段を降りていく僕は、きっと馬鹿げている。
薄暗い部屋の明かりを付けた。ほんのりと香る白米の匂い。テーブルには、小さな土鍋に入った卵粥と漬物が『良かったら食べて寝て下さい 』という置き手紙と共に添えられていた。
ハッとして足早に玄関へ向かうと、そこにはパンプスを履き終えた日南先生の背中があった。
「もしかして、起こしちゃた? 今お粥……」
気付くと、振り返ろうとする彼女を後ろから抱き締めていた。
細くて長い指が僕の腕をキュッと掴む。小刻みに震えているのは彼女なのか、それとも僕の方か。
「あの、直江くん? カノジョか、誰かと間違えてない? 私、君の担任の……」
「もう少しだけ……ここにいてくれませんか?」
「えっと、まず、この手を……」
するりと腕を振り解くことだって出来るはずなのに、そうしないのは日南先生の優しさなのだろう。
シャンプーなのか花のような香りが鼻孔をくすぐり、落ち着かない心臓をさらに速める。



