屋上で話をしたあと、倒れて病院へ運ばれたらしい。疲労によるものからだと、医師から告げられたそうだ。

 家のカードキーが机の上に置かれていたから、通学鞄を探って使ったのだろう。仕方ないことだけど、セキュリティもあってないようなものだ。
 こんなことが、前にもあった気がする。ピアノを弾く僕の前に、突然現れた少女ーー蓬が脳裏を過った。

「なんで、日南先生が?」
「ご両親には連絡したんだけどね。その……」
「来なかったんですね」

 先生は頷きも否定もしなかった。それは、首を縦に振ったと同じことだ。

「一日で二度も倒れたから、念のため病院に連れて行くと私が言ったの。そしたら、大事なインプラントの手術があるから……お願いしますって」

 昔から両親は、僕より仕事優先だった。
 患者想いで腕が立つ評判がすこぶる良い歯科。いつも人から感謝の言葉を貰い、笑顔を絶やさない父と母を尊敬していた。父のような大人になりたいと、子どもながらに憧れを抱いていたこともあった。

 だけど町の人の笑顔を見る度に、僕の心は孤独になっていった気がする。
 どうして僕は、いつも独りぼっちなんだろう。
 どうして僕は、両親の患者じゃないんだろう。そんな意味のないことをよく考えていた。

「お母さん心配してらしたわ。でも歯医者さんだから、予約もあるだろうし大変よね。先生で良ければ力になるから」
「……はい。ご迷惑かけてすみませんでした」

 布団に頭まで(くる)まると、自然と体が小さくなる。
 背を向けたドアから、日南先生が帰っていく寂しげな音がした。誰もいない部屋なんて慣れているのに、人が去った後の空間は余計に静けさを感じる気がする。