消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 進路調査の紙を眺めながら、日南先生は静かに唇を開く。

「直江くんが継いでくれるから、きっと、親御さん喜んでくれてるのね」
「……はい」

 この拭い切れない違和感はなんだろう。
 掴んでも掴んでも口に入った髪の毛が取れないもどかしさのような、歯切れの悪い前置きを聞かされている感覚は。
 そうだ、呼び出された理由だ。
 こんな世間話をするために、僕の前に座っているとは思えない。彼女は何を、確認したいのか。

 チクタク、チクタク。
 時計の秒針だけが空間に音を鳴らしている。時を刻む音と合わせるように、呼吸が浅くなる。
 これ以上、無意味な沈黙に耐えられない。

「あの……先生。特に何もないなら、もう帰っていいですか?」

 立ち上がろうとすると、唇を震わせた彼女が何かを呟いた。

「えっ? なんですか?」

 あまりに小さな声だったから、反射的に聞き返していた。

「直江くんは、何をしてる時が一番楽しいの?」

 彼女は数秒前と違う言葉を選んだ。
 だから、僕は少し動揺しながら、ふと頭に浮かび上がった文字を口から出した。

「勉強してる時です」

 率直な言葉だった。
 昔から、趣味は勉強だと挨拶代わりに言ってきた。言い聞かせて来た部分も大いにある。
 用意していた返答でもあったのか、彼女はなんと答えようか戸惑っているように見えた。

「そう、それは模範回答ね」と笑った日南先生の目は、期待で出来上がっていた城を崩された色をしていた。

 生徒指導室のドアを閉めて、誰もいない廊下に立ち尽くす。
 彼女が最初に漏らした声は、「いつなの?」だった。さっきの状況からは話が繋がらないため、ただの独り言だったのかもしれない。

 なぜか、切なそうに眉や唇を歪ゆがめていた彼女の表情が脳裏にこびり付いて、校舎を出てもしばらく離れなかった。