体中の細胞が蓬を拒絶していた。丸い目をして、何も知らないような顔で僕を見ている彼女が嫌いだ。
 教師とあんなことをしておいて、平然とした態度で接しられる神経が理解出来なかった。

「早く覚めてくれよ。頼むから、もう僕の夢に出てこないで」
「梵くん、どうしちゃったの?」
「全部消えてしまえばいい。全部、ぜんぶっ!」

 ──あの時、蓬の頭に添えられた皆川の左手薬指には指輪が光っていた。既婚者でありながら蓬に触れていたあの男を、心の底から軽蔑する。
 それと同時に、恋焦がれる瞳をする蓬を憎らしく思った。
 どうして僕じゃないんだ、と。そんな自分が気持ち悪くて、恐ろしい。

 ぐっと握った薄い布に小さな水滴が落ちる。ひとつふたつと増えていく丸いシミは、やがて目の前が(かす)んで見えなくなった。

 行き場のない怒りを込めて握る(こぶし)が解かれることはなく、きつく締め付ける感覚は続いている。
 世界は(にじ)んでいるのに、どうして悪夢は終わらないのか。

「大丈夫?」

 背中へ伝わる手の温もりに反発する体。涙まみれの顔を(そで)で拭い、目を見開いてみる。
 白かった手元の布が灰色へ変わり、少し開けられた窓には紺碧(こんぺき)のカーテンが揺れていた。

 ようやく、目が覚めたのだろうか。相変わらず息は苦しくて、交感神経が働いている。これほどまでに意識の変化なく現実へ移行する夢があるものなのか。

「良かった。顔色、戻ったみたいね」

 優しく奏でられるピアノのような声が、耳に流れてくる。

「どうして、(ここ)に……」

 隣に座る人影は、穏やかな笑みを浮かべる日南先生だった。