「一緒に飛ぼうって言ってもらえて、いつも明るくて人気者の先生でもそんな顔するんだって知れて。正直、嬉しいです」

 満月のような目は驚きに満ちている。開いた瞳孔の先に何が秘められているのか、少しばかり興味があった。

「昔、この屋上で同じようなことがあったの。まだ高校生だった。先生ね、結芽高(ここ)の卒業生なの」

 やはりというより、まさかの方が強かった。脳裏(のうり)を過ったのは(よもぎ)の顔。もしかしたら、彼女のことを知っているのではないか。

 蓬の名を口にしようとした時、吹雪を思わせる突風が吹いて、それに合わせるように、背後からひそひそと身を潜めた話し声が聞こえてくる。
 塔屋(とうや)の陰に誰かいるのか?
 隠れる気はないのだけど、後ろめたい気持ちに襲われるのはなぜなのか。

 うろたえながら、もうひとつの違和感に気付く。素早く振り返るけど、さっきまでいた日南先生の姿がなくなっていた。ドアから帰っていたら気付くはずだけど、それは違う。

 慌てて乱雑にフェンスへ足を掛ける。見下ろしたところにも、彼女はいない。幻のように忽然(こつぜん)と消えた。また、僕の頭はおかしくなってしまったのだろうか。

「……先生」

 今度は、鮮明に聞き取れる声が鼓膜を通過する。風に漂う花の蜜に誘われるように、僕は気配のする塔屋へ近付いた。
 吐息が()れるような音がする。胸の高鳴りが止めどなく押し寄せて、唾を飲み込む。

 建物の死角に隠れて、抱き合いながら唇を重ねる男女の姿があった。皆川という教師と蓬だった。
 どくん、心臓を撃たれたような衝撃が走る。
 見てはいけないものを見てしまった。するべき行動を頭では分かっているのに、体は微動だにしない。網膜に焼き付ける如く、彼らの行為を見ていた。