部活へ行くまでにある十数分の時間。爽やかな風が吹き付ける屋上へ出向いた。
 定位置になっているフェンスに腰を下ろして、近付いてくる夏の香りを感じている。

 楽しくもなければ面白味もないのに、投げ出されている足は開放感にあふれていて、僕を安心させた。目を(つむ)れば、自由になれたような気がして。

「直江くん」

 ふわりと浮きそうな体が、背中を引っ張られるようにして現実へ戻された。
 また、日南先生だ。少したわむ背側のカッターシャツを細い指が掴んでいる。

「なんですか?」

 そのままの状態で話を続けると、日南先生は握る左手の力をグッと強めて。

「直江くん、一緒に飛ぼうか」

 一瞬、音の無い時間が流れる。「……え?」と疑問符がこぼれた時には、世界が逆さまになっていた。

 ドスンという鈍い音のあとに、じーんとした痛みが太ももからお尻にかけて現れる。
 空は近いままで、体中に張り巡らされた神経から柔らかな感触が伝わってきた。ようやく、先生の腕に支えられていると気付く。
 とっさに遠ざかった心臓は、ぐらつく波のようで穏やかではなかった。

「ごめんなさい」

 先に口を開いたのは、向こうだった。

「少し(おど)してみたら、もうやめてくれると思って。直江くんのこと心配してるの。でも、教師のする事じゃなかった。ごめんなさい」

 自分のしたことに動揺しているらしい。自らを責めるように(まぶた)が下がり、その姿は雨に打たれて震える子猫みたいに弱々しく見える。
 僕の放つ一言で、(もろ)く崩れてしまいそうだ。