窓の広い額縁(がくぶち)に腰を下ろした苗木は、満足そうな笑みを浮かべていた。胸のボタンに糸が引っかかっているような気持ちになるのはどうしてだろう。

 持参していたコンビニのおにぎりを鞄に入れたままにして、ありがとうと掴んだパンをあげて見せる。ひと口含んだクリームパンは、懐かしさと優しい味がした。
 もう一度、彼の表情を見て(もや)りの原因に気付く。

「それより、苗木……大丈夫なの?」
「俺、何かあったけか?」
「何って、その、視聴覚……」

 昨日、苗木は視聴覚室で好きな子と男性教師が抱き合っているショッキングな現場を目撃したはずだ。相当なダメージを受けていた印象があったけど、今は平然として見える。
 もしかしたら、また些細な変化が起こって未遂で終わったのか?

「そうだ! 昨日、視聴覚室へ忘れ物取りに行ったら、一組の女子と数学の関路(せきじ)が抱き合ってたんだよ! これってやっぱり、デキてるってことだよな」

 興奮気味に話す彼は、どの角度に変えても楽しんでいるようにしか見えない。

「ああ……そう、なのかも」

 拍子抜けした声が出る。一度目の時とは、雲泥(うんでい)の差というほど態度が違う。
 目撃はしているのに、一体どうなっているんだ?

「高校生の女子ってさぁ、年上に憧れるもんなのかね」

 独り言のようにつぶやく苗木は、遠くを見つめる切ない目をしていた。
 僕は、その瞳を知っている。夢で会った蓬と同じ目だ。
 彼が視線を向ける先には、校庭で一人弁当を広げる綺原さんの姿があった。

 理由は分からない。ひとつ言えることは、少しずつ、そして確実に過去と未来が変わりつつあるということだ。