重い教室のドアを開けて気付いた。何十もの弁当箱の蓋がいっせいに開かれた匂い。時計の時刻は十二時半を示している。今は昼食の時間。
 挨拶活動中に倒れたのだとすると、少なくとも四時間以上は眠っていたことになる。
 登校した覚えはあるけど、今日は挨拶活動をした記憶がない。最近、夢と現実の境目が曖昧になっている気がする。

「直江、大丈夫か?」「ゆっくり休んだ方がいいよ」とクラスメイトの心配する声が飛び交う。

「ありがとう。もう、平気だから」

 彼らの言葉に胸を撫で下ろして席へ着いた。弁当を食べる頃合いを見計らって戻ったと思われたのでは、という気持ちが少なからずあったから。
 前の席である綺原さんの姿はなかった。
 苗木(なえき)は、ちょうど購買から帰って来たようで、右手にパンを持って入って来た。

「直江、もういいのか? 眠り王みたいになってたんだろ?」
「変なネーミング付けるのやめろよ」
「いや、お前は王だよ。頭良いし、なんでも出来るからなぁ」
「僕は全てを卒なくこなす完璧な人間じゃないよ。それに全然、すごくないから」

 僕は何も出来ない。ただ、毎日を必死に生きているだけなんだ。周りに認めてもらいたくて、弱言に潰されないように踏ん張っているだけ。

「生徒会長と部長ってゆう二足の草鞋(わらじ)を持つ者だぞ? それに、将来は歯科医師ときたら、なかなかいねぇよ」
「履くんじゃなくて、そこは持ってるんだ」

 思わず、ぷっと顔が(ほころ)びる。たまに難しいことを言い出したと思うと、覚え間違えている。そこが苗木の良いところでもあるのだけど。