机の上にある筆記用具は自分のだけど、転がっている鉛筆は違う気がする。

 そういえば、小学生の時にキャップを付け損ねて、左手親指の付け根部分の膨らみに芯が刺さったことがある。激痛で涙を(こら)えながら体育をしたことを思い出した。
 もし夢ならば、痛みを感じないのだろうか。

 アイスピックで氷を割るように、肩の位置から鉛筆を振りかざす。
 あれ、手が動かない。頭でイメージは出来ているのに、体が思うように反応しない。手に伝わる感触のリアルさに怖気(おじけ)ついたのか。
 上げている腕に、包み込むような手のひらが触れた。

「自分を傷つける行為はダメだよ。それに、すごく痛いよ? それ」

 耳元でささやくように、(よもぎ)は僕の手をそっと下ろす。

「夢でも痛いのかな」
「夢でも痛いよ。それに、私たちは不思議な夢の中に閉じ込められてるから。もしかしたら、起きたら本当に怪我してるかもしれないよ?」
「そうなのかな」

 手のひらを眺めながら、別に構わないと胸の中でつぶやく。
 いっそのこと、ベッドの上が血だらけにでもなっていたら、学歴と肩書(かたがき)にしか興味のない両親でも僕に関心の目を向けるのだろうか。

 教室がざわつき始めた。登校して来た生徒たちが、各々(おのおの)の席へ座っていく。
 やはりと言うか、見覚えのない顔ばかりだ。僕のことが見えていないのか、それとも見てない振りをしているのか。まるでここが映画館にでもなったかのように、皆が知らぬ顔で通り過ぎて行く。

 流れに乗って、蓬も斜め前の席へ着いた。

 前のドアから担任と思われる男性教師が入って来る。二十代半ばくらいで、眼鏡姿の落ち着いた物腰の男。
 当然初めて見る顔だ。出席を取り出して、男子が順次に返事をしている。

 そろそろ目を覚ましてもいい頃だろう。だけど、この現状から一向に抜け出せない。

 最初から、僕の意識は明瞭(めいりょう)としていた。おそらく、眠っている時間に見る夢とは違う。これは夢と現実が織り混ざっている不透明な空間。