ふわふわと浮くような気分から、ゆっくりと目を覚ました。太陽の眩しい日差しが、カーテンの隙間から覗いている。
 今日は珍しく夢を見なかった。なくても困りはしないのに、何か物足りない妙な感覚だ。

 ベッドから起き上がった状態で、指をグッと握ってパッと開いてみる。ちゃんと自分の意思で動かす事が出来る。まだ僕は生きているのか。
 いつも通りに朝食を終え、歯を磨いて登校する。

『九月十八日は、あなたの葬儀だったの』

 昨日、綺原さんが話してくれたことは事実だろう。それからの話をほとんど覚えていない。
 自分が死んだ事実を告げられたというのに、ああそうかとしか感じられなかった。生きることに執着はないけど、そこまで何もないものか。

 まだ誰もいない教室に座り、頭の中を整理するようにノートを開く。

 僕のいた世界線Aでは、八月二十一日に日南菫の葬儀が行われた。
 綺原さんのいた世界線Bでは日南菫は生きていて、九月十八日に僕の葬儀があり、現在いる世界線Xへ僕と綺原さんはタイムリープした。

 些細な選択肢によって未来が変わるのは分かるけど、この一ヶ月の間で何が起こったのか。
 彼女の死か、僕の死か。
 後ろからカタンと音がして、ふっと意識が戻る。

「何してるの?」

 振り返るより先に、すぐ隣に誰かが来た。聞き覚えのある透明感あふれる声は、確認しなくても(よもぎ)だと分かった。
 ノートを閉じた僕を覗き込むように、蓬はクスッと白い歯を見せる。

「今、何隠したの? もしかして、悪いこと?」
「なんでもないよ。というか、どうして君がここにいるの?」
「君じゃなくて、よ・も・ぎ! だって、ここは私の教室だもん。梵くんこそ、クラス間違えたんじゃないの?」

 辺りを見渡してみる。同じような教室だけど、どこかしら違和感があった。知らない黒板の字、見慣れない掲示物と生徒の持ち物。

 ここはどこだ? 僕は、また夢を見ているのか?