「じゃあ言わせてもらうけど、私は前も菫先生を追って屋上に来た。何も違ったことはしてないつもりよ」

 予想通り。綺原さんの時間軸も巻き戻っている。前と違う言動をしたり、タイムリープしていなければ理解しがたい話も受け入れられたわけだ。

「初めから違ってたんだ。僕と綺原さんが未来から来ていることに違いないけど、元々の世界は別だってこと」
「それって、どういうことなの?」

 お互いの過去には、少しずつ誤差がある。どちらの記憶も正しいとすれば、今ここにいる僕らはAとBというそれぞれの世界線から、また別のXという過去に飛んで来た可能性がある。

 なるほどねと、綺原さんは何かを考えるように口を閉じた。
 些細な選択が積み重なって、違う未来を作っていく。同じように感じる過去でも、少しずつ変化しているんだ。

「ところで、梵くんはいつからタイムリープしてるの?」
「八月二十一日。日南先生の葬儀から」
「菫先生の……葬儀?」

 目を丸くした綺原さんは、いつも出さないような高い声を上げた。少し驚いた様子で何度も瞬きをしている。

「違うの?」
「私は九月十八日から。それから、菫先生は生きていた」
「そう、なのか。それなら良かった」

 別の世界線では、日南菫は生存していたのか。そうなると、持病で亡くなったという理由が虚偽(きょぎ)だったと考える方がしっくりくる。
 だけどどうして……ああ、分からない。

「でも葬儀はあった。……梵くん。九月十八日は、あなたの葬儀だったの」

 風の吹き付ける音が聴覚を奪うように、耳元を走り去って行った。空を飛ぶ鳥のさえずりが、効果音のように(むな)しく鳴っている。
 綺原さんの動かす唇だけが、ジリジリと脳裏に焼き付いていく。

 ──そうか、僕は死んだのか。