時間が巻き戻るきっかけが死だとしたら、ここから飛び降りたらどうなるのか。
 ゆらゆらと風が僕を揺らす。深呼吸すると、広い空へ吸い込まれそうになる。

「待って」

 ふわっと身体が宙に浮いて、背中が落ちる。後ろに重心を置いていたため、屋上のコンクリートへ着地した。

「あなた正気? それとも死にたいの?」

 動揺した声の主は、綺原さんだ。普段はクールで冷静な彼女でも、さすがに取り乱す状況だったらしい。
 無意識だろうが、僕のカッターシャツの袖を掴んでいる。小刻みに震える指が、相当焦っていたことを物語っていた。

「どうして綺原さんがここにいるの?」
「そんなこと、どうでも良いじゃない。今は、あなたが飛び降りようとしていた事実の方が問題でしょう?」
「違うんだ。いるはずのない綺原さんが、ここにいるという実態が問題なんだよ」

 一度目の時、彼女は屋上に来ていなかった。
 だけど、今はこうして目の前にいる。

「意味が分からない。私は(そよぎ)くんの後を付けていた菫先生を追って来ただけ」
「前は教室に戻った時、綺原さんは弓道場にいた」
「勘違いじゃないのかしら?」

 日南先生と屋上で初めて話したあと、生徒会を終えてから部活へ行った。遅刻したのは僕だけだったと覚えている。

 綺原さんが僕の記憶と違う意志を持って行動していることは間違いない。モコバーガーの件もそうだ。一度目は、一緒にご飯など食べていない。

 でも、この妙な違和感はなんだろう。食い違うはずの会話が、すんなり噛み合う感じ。