「そんなに慌てて、どうしたんですか? 手、離して下さい」
「離せません。直江くん、こんなところで何してるの?」
「空を見てただけですよ」
「……そう、空を」

 手首を締め付けている力がギュッと強まる。それから、花が開くようにゆっくりと手が自由になった。今の間は何だったのだろう。

 小鳥が地上へ降り立つように、軽やかな靴音を鳴らしてフェンスから身を離した。
 コンクリートにしっかりと両足を着けているのに、日南先生は僕を見たまま立っている。まるで危なっかしい五歳児を見張るみたいな顔付きで。
 そうだ。なぜかやたらと心配されていたんだ。

 そうして、日南先生は(おもむろ)に僕の手を握った。一度目は驚きが強くて気付かなかったけど、小さく震えている。

「直江くんは、時々ふわふわって、どこかへ飛んで行ってしまいそうに見える」
「まあ、空を飛びたいって思いは……少なからずあります」

 その気持ちの終着点に、何があるのかは分からない。死にたいと考えたことはないけど、解放されたいと思うのは常に、だ。

 だから、あの時僕は驚いた。自分自身が気付いていない心を見透かされていたこと。それから、この後に続くセリフに。
 春の風に揺れる髪を耳に掛け微笑むと、日南先生は同じように真顔で言ってのけた。

「直江くん、君の生きる時間を私にちょうだい?」

 何度聞いても、背中がむず痒くなる。なんと反応したらいいのか困惑しながら、それでいて少し冷静に言葉を返す。

「それって、どういう意味ですか?」

 頭のネジが抜けている。前はそれくらいにしか思っていなかった。
 でも今は、もう少し平静な気持ちで受け答えが出来る。