二度目の世界で変えられる事には限りがある。今朝の毛虫みたいに、僕が直接手を加えられる小さな出来事は変更可能だ。
 でも、他人の感情が絡む事柄は難しい。

 放課後になって、改めて実感させられた。
 向かい側の東棟校舎に、帰ったと思った苗木の姿が見えた。スマホは通学カバンの中で、連絡は出来ない。帰りのホームルームでも早く帰れと忠告したのに、もう手遅れだ。

 たった今、苗木が立つドアの先に一組の女子がいる。彼の気になっていた女子が、数学の男性教師と抱き合っている場面を目撃する事になるだろう。

 視聴覚室へ行くなと言えば、逆に気になると思って言わなかったのが裏目に出たのか?
 彼の心理が向かわせたのかは分からないけど、結果は時間が戻る前と同じ道を辿った。知っていたのに、阻止出来なかった。
 ごめんと東塔から視線を離して、僕はそのまま階段を上がる。

 屋上から見上げる景色は、青一色。ここから飛び降りたらどうなるだろう、とよく考えていた。
 それは、強い意志ではなくて比較的(ゆる)やかな感情。この向こう側にはきっと、見たことのない美しい世界があると、深い意味もなく単純に思っていた。

 追い風が吹くと体が揺れる。不安定なフェンスはカタカタと小さな音を立て、まるで〝空を飛んでみたい〟という僕の気持ちに拍車(はくしゃ)を掛けているようだ。

 繰り返しの日々で気付いたことが、もう一つある。同じ日常フィルムが流れているはずなのに、一度目と違う行動を取る人物がいること。

「見つけた」

 いきなりガシッと手首を掴まれ、心臓がビクッと跳ね上がる。首だけ振り返ると、担任の日南(ひなみ)先生が立っていた。走って来たのだろうか、息を切らしている。

 思い出した。この日、──今日は、初めて日南先生と言葉を交わした日だ。