額に玉のような汗が滲む、八月二十一日。夏休みも終盤のところで、制服に袖を通し、慣れない革靴のかかとに違和感を覚えながら地面を踏みしめる。
 喪服に身を包んだ人たちの間を抜け、僕は経験したことのない異様な空気に圧倒されていた。

「よう、直江(なおえ)。青白い顔してるけど、大丈夫か?」
「まあ、なんとか」
「なんっか信じられねぇよな。また普通に、夏休み終わって学校で会うもんだと思ってたからさ」

 半月ぶりに会った苗木(なえき)が、茶色の短髪をくしゃりと触ってため息を吐く。僕も同じ気持ちだ。まだ心の整理が出来ていない。

 担任である日南(ひなみ)(すみれ)の葬儀は、親族と学校関係者に見守られて密やかに終わりを迎えた。
 母親による喪主(もしゅ)の挨拶で、『娘は生徒に一番近い教師だった』という文章があった通り、菫ちゃんと呼び名で(した)っていた生徒も少なくない。

 鼻をすする音や嗚咽(おえつ)を交えた声を上げる女子の横で、僕は複雑な表情を浮かべる。
 もちろん悲しみもあるけど、それより戸惑いが大きいかもしれない。
 日南菫が亡くなった実感が湧いていないのと、あの日、僕に告げた言葉はまやかしなどではなかったのだと、身に染みて思い知らされたからだ。

 蒸し暑さが落ち着き始めた夕方。僕たちの心とは対照的に、まだ明るさを残す空は清々(すがすが)しささえ感じた。
 日南先生の亡骸(なきがら)にお焼香を上げて、しっかりとした足取りで家路に着く。

 人の死に対して(むな)しさというか、あまりにあっけなく終わるものだと実感させられた。
 何も食べていないはずの喉に何か詰まっているような、気持ちの悪い違和感を感じる。

 肉体的にも精神的にも疲れていたのか、風呂を出てから何もしないで、すぐにベッドへ入った。
 右、左、また右へと寝返りを打つ。暑苦しさと胸焼けのような苦しさに襲われて、なかなか眠りに付けない。