土曜日は、五月雨(さみだれ)の時期にもかかわらず澄んだ空が広がっていて、結婚式日和となった。
 女性にとって、一生に一度の晴れ舞台。緊張した面持ちで、僕は式場に足を踏み入れる。

 青空に映える白いタキシード。隣に並ぶウェディングドレス姿の菫さんは、とても幸せそうに笑っている。
 その表情を参列者の場から見て、僕も同じ気持ちになった。新郎とは僕も顔見知りで、よく喧嘩をするようだけどお似合いだ。

 ケーキ入刀が終わり、ガーデンテラスに白いピアノが運ばれて来た。参列者が注目する中、汗ばむ手をスーツの横で拭いてピアノのスツールに座る。

 小さく息を吸って、鍵盤の上に指を置く。
 初めは弱々しく生まれたての赤子のように、段々と滑らかな音色は大きくなって星屑が散らばるような(きら)びやかな演奏になる。
 優しさの中に、少女のような可愛らしさを含ませた彼女に相応しいメロディだ。
 最後の音が鳴り終わると、周りからは喝采(かっさい)の拍手が湧き上がる。
 心が満たされたように微笑み合う二人の表情を見て、胸を撫で下ろす。

 晴れやかな結婚式は無事終了し、僕は披露宴会場を出た。
 前から歩いて来た女性とすれ違った瞬間、ふわりと花の香りがした。落ち着く可憐な漂い。遠い昔を思い出させる優しい空気。
 高校生の頃、必死に誰かを探していた自分が蘇る。大切な何かを失ったような、心にぽっかりと穴が空いていた感覚。

 胸に手を当てながら、ふっと笑みがこぼれる。あの頃の僕は、たしかに青春と呼べる日々を過ごしていた。
 時を進めるように、止めていた足が会場の外へと向かっていく。