白いピアノルームから、川のせせらぎのような音色が優雅(ゆうが)に流れている。ところどころ、不揃(ふぞろ)いで未熟なピアノの音も混ざって聴こえている。

「よし、今日はここまで。よく頑張ったね」
「直江先生、ありがとうございました」

 向日葵のような笑顔を向けるのは、小学校低学年の男の子。僕のピアノレッスンを受けている生徒だ。と言っても、生徒は数人しかいないのだけど。

 母親が迎えに来て、男の子は満面の笑みを浮かべて帰って行く。
 そんな生徒たちの横顔を見ながら、心が満たされたように目尻が下がる。自分にもあんな頃があったんだろうな、と。
 彼らと入れ替わるように、開いたままのドアがコンと鳴らされた。

「そーよぎくん! お疲れさま」

 晴天のような明るい声をした菫さんが入って来た。右手には小洒落た紙袋を下げている。

「ケーキ、一緒に食べない?」
「チョコレート?」
「もちろん、チョコレートもあるよ」

 リビングのダイニングテーブルには、彼女が持って来たケーキが七つ並べられた。どれも違う種類で、丁寧に皿へと乗せられている。

「菫さん、毎回言うけど買いすぎだよ。これ、明らかに二人分じゃないよね?」
「これがストレスの()け口なんだから、仕方ないでしょ。残りは、お母さんに食べてもらって? 甘いの好きでしょ」
「まあ、いつも喜んではいるけど」
「ほら、解決!」

 くしゃっと笑う姿は、昔から変わらない。
 高校三年の時、精神的に参っていた僕を支えてくれたのが菫さんだった。
 しばらく食事が喉を通らなくなって、急激に体重が落ちた時期があった。今思えば、受験前で過度なストレスが溜まっていたのだろう。
 ピアノの道へ進むことを押してくれたり、親身に相談に乗ってくれたことで、ぐっと距離が縮まった気がする。