高校時代の自分へ意識が帰った私は、地元のお嬢様学校を卒業して実家を出た。
 そのタイミングで、お祖父様から出生について話を聞かされた。私は父の子でも、また母の実子でもなかった。母の妹が命を落としてまで、一人で必死に産んだ娘だったと知った。

 身寄りのない私を思いお祖父様が養子の話を進め、大女将である祖母だけが猛反対をしていたらしい。
 それでも、高校を卒業するまでという条件付きで祖母の承諾をもらったようだ。
 綺原家のみんなには、本当に感謝している。

『元々、お前を桜花蘭の女将にすることは出来なかったのだが、姉たちと同じように育ててやりたかった。お前はどこに出しても恥ずかしくない、正真正銘(しょうしんしょうめい)綺原家の一員じゃ』

 家を出て行く時に掛けてくれたお祖父様の言葉を、二十五歳になった今でも鮮明に覚えている。
 大学を卒業してからは、知り合いの結婚式場で着付け師として働かせてもらうことになった。

「綺原さんって、私と同い年なのに本当に手際良いですよね。全然着崩れしないし、尊敬しちゃう」
「ありがとうございます。着付け師として最高の褒め言葉です」

 つらいことばかりだったけれど、この仕事を始めて笑うことが増えた気がする。
 高校生の頃に見ていた夢を、あの人を、絶対に忘れないと胸の奥へしまい込んだけど。
 婚約していたのは、歯科医院を継いだ彼。私が望んだ未来は、二人の道を大きく引き離すもの。
 もう会えることのない彼は、着物と同じように色褪(いろあ)せてゆくだけ。