水平線から太陽の輝きが現れて、まるで世界の始まりのような瞬間が見えた。
 (まばゆ)い光に眉を(ひそ)めながら、接着テープでくっ付けられたような(まぶた)がゆっくりと開く。
 意識が元の身体に戻って、自分でないような感覚が全身を覆っている。

「……目が……覚めたのね」

 何度も瞬きをして、頬に伝う雫に気付いた。
 もう、彼はいない。

 懐かしい木の天井と和の匂い。むくりと起き上がった布団、身をまとっている薄い紫の部屋着。
 障子の窓から見える風景は、老舗旅館のはなれにある実家だ。

 しばらく放心と寝転んだままでいると、隣にあったスマホがピコンと鳴った。昔使っていた押し花のハードカバーが付けられていて、画面にはココアトークのテロップが表示されている。

「……マリカ。あの、マリカね」

 メッセージの送信者は、女子校に通っていた時のクラスメイト。もう何年も連絡を取っていなかった。

『明日の祭り、浴衣着てきてね。男子が期待してるから』

 スマホを握っている手が遠くへ投げ出される。
 高校時代、人数合わせで彼女たちと祭りへ出掛けたことは、なんとなく覚えている。
 でも、誰と何を話して何をしたか思い出せなくて、これから私はどうしたらいいのか分からなくなった。
 それと同時に、彼が生きる世界線へ戻れたことに胸が熱くなる。
 きっと彼は、ピアノの道へ進む。命を落とす未来は、変えられただろう。

 それなのに、心の中はぽっかりとくり抜かれたように空っぽだ。詰め込んだ思いの跡は、しばらく消えそうにない。
 大粒の涙が溢れては、目尻を通って耳に伝う。
 何時間も、その濡れた髪が乾くことはなかった。