消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 二学期が始まり、天気が崩れることが多くなった。今日の夜に台風が来るとニュースで見て、ベランダに置いていた植木鉢を部屋の中へ入れる。
 いつもより、一時間以上前にアパートを出た。学校へ向かう足が覚束(おぼつか)ない。

 途中で寄り道したのは、学校近くのモコバーガー。部活帰りに梵くんと立ち寄ったのが、実を言うと私の初バーガーだった。

『ねえ、さっきから、ちょっと見過ぎじゃない? さすがに食べ辛い』
『ああ、ごめん。つい物珍しくて』
『それって、私がファストフード食べてることが?』
『そうじゃなくて。こうして外で誰かとご飯を食べるって、なかなかしないから』

 あの頃を思い出して、ふふっと笑みがこぼれた。

 弓道場から歩きなれた道を進み、結芽岬高校の校舎へ入る。
 まだ誰もいない教室は静寂(せいじゃく)としていて、物足りなさと寂しさを感じる。
 一列後ろの席は、少しだけ世界が広がって見えた。彼の見ている景色は、どんなものだったのだろう。

 立ち上がろうとした拍子に、机の中からノートが落ちてきた。きっちり整頓されて入っていたはずなのに、どうして。
 ページが開いたノートを拾おうとして、心臓が止まりそうになる。

 みそら、みなみ、みさき、みちる。
 そこに殴り書きされていたのは、女子の名前。その全てにハテナが付けられていて、上には綺原の文字があった。
 ずっと不思議だった。この世界で、私の下の名を呼ぶ人がいないこと。
 思い出そうとしてくれてたのね。
 ノートを抱きしめながら、ありがとうと何度もつぶやく。それだけで、もう充分。