消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

「ずっと、綺原さんのことが気になってたの。常に行動を見られてるような、不思議な視線。でも攻撃的なものじゃなくて、何か心配してくれてるような」
「死のうとしてませんか?」

 彼女の顔色が変わった。瞳孔が開き、微かに唇が震えている。

「……そんなわけ」
「手首の包帯、ほんとに捻挫かしら」

 バツが悪そうに、背中へ隠すように手を回す。
 もうすぐ一ヶ月になる。ただ捻ったにしては期間が長すぎるし、何度も普通に動かしていた。おそらく、見られたくない傷でもあるのだろう。

「最近、眠れない日が続いてて、気付いたら……。どうしようもないのよ。たまに、自分が自分じゃなくなるの」

 声を震わせ、ほろりと涙が流れた。
 未来の日南菫がアクセスして来ているので間違いない。自分のせいで、彼が犠牲になったことを悔いての行動なのか。

「負けないで下さい。ここには、私たちがいます。しっかり自分を持って、見失わないで」

 小さく頷く彼女に、ティッシュを差し出す。
 何かが起こる前に、私も覚悟を決めなければならない。

 ──今のあなたは、生徒に寄り添える教師として素敵だと思うから。生きて。


 真っ暗のアパートへ帰って、テレビも付けないで服を着替える。音のない空間に一人でいると、ふと頭に湧き上がってくる言葉。

(けが)らわしい。だから不徳の至りで産まれた子など、早く縁を切れと言ったのです』
『もう貴方の居場所は桜花蘭にはないのですから』

 ガシャンと何かが割れる音がして、気付くとテーブルに置いていた花瓶が落ちていた。手を付いた時に当たったみたい。
 祖母の声が部屋中に響いて聞こえて、震えが止まらなくなる。

「ごめんなさい、ごめんなさい……穢らわしくてごめんなさい」

 ぶつぶつと呟きながら、キッチンの流し台で嗚咽(おえつ)する。気持ちが悪くて、体の中から何かを吐き出したいと思うけど出来ない。
 これは夢だと暗示しながら、これが現実なのだと吐き捨てる。
 どこにも向けられない(いきどお)りは、やがて自然に消滅していくのかしら。
 穢れた血が流れる私は、幸せを望んではいけない人間なのでしょうか。
 あの日以降、そんな夜を何度も繰り返している。