消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 蒸し暑さが増す八月に入った。昔のアルバムを見ていたら急に恋しくなって、何年か振りに実家へ顔を出そうと思い立った。
 この世界では、いつまで住んでいたのか不明だけど、母やお祖父様に会いたくなって。
 アパートから、電車で一時間かかる老舗旅館の桜花蘭(おうからん)へ足を運んだ。

 最寄り駅で、水色のセーラー服姿の女子高生とすれ違う。振り返ってみるけど、彼女はこちらに見向きもしないで足を進めて行った。
 高校生の頃、近くの女子校へ通っていた。さっきの女生徒とは、それなりに仲良くしていたつもりだったけど、ここでは他人なのだから仕方がない。

 坂道を下り、風情のある建物を通り過ぎる。
旅館へ繋がる長い階段を登りかけた時、肩をグッと後ろへ引かれた。

「なんで、貴方(あなた)がここに……」

 血相を青くして私を見ていたのは、美しい着物に身を包む父方の祖母。

「おばあさま、お久しぶりです。実は」
「ここの敷居(しきい)を二度と(また)ぐのではありません! もう貴方の居場所は、桜花蘭にはないのですから」

 ひどく動揺した様子で、さらに祖母は心無い言葉を私に浴びせた。

(けが)らわしい。だから不徳の至りで産まれた子など、早く縁を切れと言ったのです。なのに、貴方のおじいさまと母親は……うちの旅館(かお)に泥を塗ったも同然です」
「……なんの、お話でしょうか」
「知らない方が幸せという事もあるでしょう。どうぞお引き取りなさって、二度と(わたくし)の前に現れないで頂きたいわ」

 階段を上がる祖母の背中が見えなくなっても、しばらくその場で動く事が出来なかった。
 不徳の至り? 私は、父の実子ではない?
 桜花蘭に不要な娘だったのは、三女だからではなく不倫で産まれた子だったから?
 どれだけ努力しても認めてもらえなかった理由は、そこにあったの?

 吐き気が止まらなくて、何度も止まりかけた心臓を押さえながら、ただひたすらに駅へ向かうことだけを考えた。