消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 夏休みに入ってすぐ、再び金宮先生が訪ねてきた。家庭教師と言うわりに、ほとんど授業はなく、つい最近まで忘れていたほど。
 お祖父様からの命令だとか言っていたけど、この人は全てが胡散臭い。

「じゃあ、次の英文訳してみて」

 とりあえず勉強は教えるつもりらしい。
 問題を見て、シャーペンを持つ手が止まる。不自然に難易度が下がっている。中学生でも分かるレベル。
 それより、問題なのは解答の内容だ。

「なんで書かないの? 分かんない?」

 挑発されて、仕方なしに文字を綴る。
 ──私はあなたにキスしたい。

「これって、セクハラじゃないですか?」

 軽蔑の眼差しを向けたところで、この人が怯むはずもない。
 それどころか、下瞼を持ち上げて満足そうな笑みを浮かべている。不気味より、恐怖に近い嫌悪を抱いた。

「そういう綺原ちゃんはどうなの?」
「……どうゆう意味」
「付き合ってもないのに、キスしちゃうのどうなのかなー」
「なっ……!」

 なんで、あなたが後夜祭のことを知っているの。
 喉に詰まって出ない言葉。反応を見て楽しんでいるのか、またすぐ爆弾は落とされる。

「あっ、でもいいのか! だって、君ら婚約者だもんな」

 喉を押しつぶされたみたいに、何も言えなくなった。