消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

 触れられた二の腕から手の柔らかさが伝わってきて、知らないはずなのに覚えている。夢で感じた感触と似ている気がした。

「直江くんって、絵に興味あるの?」

 日南先生は、同じ質問を繰り返した。

「ずっと、この壁画を熱心に見ていたから」

 隣に立ちながら、僕はもう一度人魚を見た。
 表情のない顔立ちが、しばらくすると微笑んでいるように錯覚してくる。夢と現実の境界が曖昧であるように。

「僕が興味あるのは、これを描いた人です」

 変な奴だと笑われると思った。
 でも、日南先生はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべる。

結芽高(ここ)の卒業生。学祭のために美術部が描いたのよ」
「美術部?」
「そう。だから私としても、この壁画はとても思い入れがあるの」
「どうしてですか? 確か去年でしたよね、日南先生が転任して来たのって」
「だって」

 言いかけたとたん、校舎から音楽が流れ始めた。聴き慣れたクラッシックのメロディが、彼女の言葉をわざと(さえ)ぎったように聴こえた。

「もうこんな時間なのね。直江くん、弓道場行かなくていいの?」
「……行きます」
「そろそろ、先生も美術室へ行こうかな。じゃあ、また明日ね」
「はい」

 理由を聞けないまま、予想通り会話は途切れてしまった。
 今日の僕はどうかしている。
 もしかしたら、夢で会った少女を日南先生が知っているかもしれない。そんな馬鹿げたことを真剣に考えていたなんて。