ピアノの音色が流れ始めて、胸が大きな音を立てる。
懐かしさが込み上げるこのメロディは、いつかの彼と肩を並べて一緒に弾いた曲。瞼を閉じて裏側に映し出される映像は、色褪せないままあの頃の二人がいる。
偽りの愛だと嘆いた二十五の私が、この様子を見たら、きっと吹き出してしまうでしょうね。
演奏する姿を見ながら、少しの違和感を感じた。時折、歪める表情と穏やかさの中に紛れる荒波。
何日も近くで練習を見ていたから、何か異常が起こっていると、すぐに分かった。
苗木と金宮先生を置き去りにして、人の山を掻き分けステージ裏へ走る。
あと少しというところで、彼の音に重なる音色が耳に飛び込んで来た。
隣に菫先生が立って、肩を並べてピアノを連弾している。美しく優しくて、まるで二人が一人のような演奏に胸が苦しくなった。
彼らの世界に入り込む隙間なんてないのだと、思い知らされたようで。
青く澄んでいた空が、いつの間にか薄暗い色をしていた。どれだけ時間が経ったのか、もう一時間はこうしている気がする。
屋上から聞こえる校庭の声はさきほどより賑やかで、後夜祭が始まったと分かった。私の存在なんて、みんな忘れて楽しんでいるだろう。
オレンジ色の夕日が空に映えて、このまま消えてしまってもいいかもしれないと思い始める。
でも、神様は許してくれなかった。
屋上のドアが開いて、梵くんが探しに来た。荒い呼吸が走って来たことを証拠付けている。一番に浮かんだ言葉は「どうして?」だった。
パンドラの箱を開けたように、私の中に潜む何かを狂わせる。
「私のことなんて、放っておけば良いじゃない。あなたじゃなくて……苗木だったら良かったのに」
想ってくれる苗木を好きになれていたら、苗木が婚約者だったなら、こんな苦しい思いをしないで済んだかもしれない。
夜の闇が訪れようとする時に、現れる青の光。それは炎のように彼を包み込んで、幻想を作り出す。二十五歳の彼と重なって見えた。
「出来ることなら私が弾きたかった。さっきの曲、夢境の続きは、私だって弾けるのよ」
初めて知るような驚いた顔、申し訳なさそうに眉を下げる表情も憎らしい。あなたが屋上に来なければ、目を覚ます覚悟がついたかもしれない。
一瞬でも期待した私の気持ちを、この人は簡単に踏みにじる。
世界が黒に包まれて、軽く背伸びをして彼の唇にそっと触れた。
許されないことをしていると、心では分かっている。この人が見つめる先に、私はいない。
今はそれでもいいと、夜の闇に本音を隠して。終止符を打つつもりで、最初で最後のキスをした。
懐かしさが込み上げるこのメロディは、いつかの彼と肩を並べて一緒に弾いた曲。瞼を閉じて裏側に映し出される映像は、色褪せないままあの頃の二人がいる。
偽りの愛だと嘆いた二十五の私が、この様子を見たら、きっと吹き出してしまうでしょうね。
演奏する姿を見ながら、少しの違和感を感じた。時折、歪める表情と穏やかさの中に紛れる荒波。
何日も近くで練習を見ていたから、何か異常が起こっていると、すぐに分かった。
苗木と金宮先生を置き去りにして、人の山を掻き分けステージ裏へ走る。
あと少しというところで、彼の音に重なる音色が耳に飛び込んで来た。
隣に菫先生が立って、肩を並べてピアノを連弾している。美しく優しくて、まるで二人が一人のような演奏に胸が苦しくなった。
彼らの世界に入り込む隙間なんてないのだと、思い知らされたようで。
青く澄んでいた空が、いつの間にか薄暗い色をしていた。どれだけ時間が経ったのか、もう一時間はこうしている気がする。
屋上から聞こえる校庭の声はさきほどより賑やかで、後夜祭が始まったと分かった。私の存在なんて、みんな忘れて楽しんでいるだろう。
オレンジ色の夕日が空に映えて、このまま消えてしまってもいいかもしれないと思い始める。
でも、神様は許してくれなかった。
屋上のドアが開いて、梵くんが探しに来た。荒い呼吸が走って来たことを証拠付けている。一番に浮かんだ言葉は「どうして?」だった。
パンドラの箱を開けたように、私の中に潜む何かを狂わせる。
「私のことなんて、放っておけば良いじゃない。あなたじゃなくて……苗木だったら良かったのに」
想ってくれる苗木を好きになれていたら、苗木が婚約者だったなら、こんな苦しい思いをしないで済んだかもしれない。
夜の闇が訪れようとする時に、現れる青の光。それは炎のように彼を包み込んで、幻想を作り出す。二十五歳の彼と重なって見えた。
「出来ることなら私が弾きたかった。さっきの曲、夢境の続きは、私だって弾けるのよ」
初めて知るような驚いた顔、申し訳なさそうに眉を下げる表情も憎らしい。あなたが屋上に来なければ、目を覚ます覚悟がついたかもしれない。
一瞬でも期待した私の気持ちを、この人は簡単に踏みにじる。
世界が黒に包まれて、軽く背伸びをして彼の唇にそっと触れた。
許されないことをしていると、心では分かっている。この人が見つめる先に、私はいない。
今はそれでもいいと、夜の闇に本音を隠して。終止符を打つつもりで、最初で最後のキスをした。



